チームの深い相互理解を育む、「なぜそう思うのか」を引き出す対話テクニック
多様なチームでは、メンバー一人ひとりが異なる経験、知識、価値観を持っています。これらの違いがチームに新たな視点や創造性をもたらす一方で、意見の相違や誤解が生じる原因となることも少なくありません。特に、表面的な意見だけを交換していると、その背景にある考えや感情、意図が見えづらく、建設的な対話が進まない場合があります。
チームリーダーとして、多様なメンバーが安心して発言し、その意見が尊重されるインクルーシブな環境を築くことは重要です。そのためには、メンバーの意見の「なぜそう思うのか」を深く理解しようとする対話が不可欠となります。この「なぜ」を掘り下げる対話は、単に情報を得るだけでなく、メンバー間の信頼関係を深め、より質の高い意思決定を可能にし、チーム全体の心理的安全性を高める上で極めて効果的です。
本記事では、チームメンバーの「なぜそう思うのか」を引き出し、深い相互理解を育むための具体的な対話テクニックと、リーダーが実践できる方法について解説します。
なぜ「なぜそう思うのか」を聞くことが重要なのか
チームメンバーの意見の「なぜ」を問うことには、以下のような重要な意義があります。
- 意見の背景にある文脈の理解: ある意見やアイデアがどのような経験、情報、価値観に基づいて形成されたのかを理解できます。これにより、表面的な賛否だけでなく、その人の思考プロセス全体を捉えることができます。
- 隠れた前提や課題の発見: 意見の根拠を掘り下げることで、これまでチーム内で共有されていなかった前提条件や、メンバーだけが気づいている潜在的な課題が見えてくることがあります。
- 共感と信頼の醸成: 相手の考えに至った理由や背景を丁寧に聞く姿勢は、「あなたのことを理解したい」というメッセージを伝え、相手に安心感を与えます。これにより、メンバーは自分の意見や感情をよりオープンに話せるようになり、信頼関係が深まります。
- 建設的な対立と合意形成: 意見が対立した場合でも、それぞれの「なぜ」を理解することで、対立の原因が価値観の違いにあるのか、情報の違いにあるのか、あるいは目標に対する認識の違いにあるのかなど、本質的な問題を見極めることができます。これにより、感情的な衝突を避け、共通の理解点や妥協点を見出しやすくなります。
- メンバーの貢献意欲向上: 自分の意見だけでなく、その背景にある考えや理由まで丁寧に聞いてもらえる経験は、メンバーに「自分は尊重されている」「自分の貢献が価値を持っている」と感じさせます。これは、メンバーの主体性や貢献意欲を高めることにつながります。
効果的に「なぜそう思うのか」を引き出す対話テクニック
「なぜそう思うのか」を聞くことは重要ですが、その問いかけ方や聴き方には配慮が必要です。単に「なぜ?」と詰め寄るような口調では、相手を委縮させてしまい、本音を引き出すことは難しくなります。
1. 柔らかく、具体的な問いかけ方
直接的な「なぜ?」よりも、以下のような表現を用いることで、相手は話しやすくなります。
- 「そのように考えられた背景を、もう少し詳しく教えていただけますか」
- 「そう思われた理由や、そう判断された決め手を共有いただけますか」
- 「そのアイデアは、どのような情報や経験から生まれたものですか」
- 「もしよろしければ、その考えに至った経緯をお聞かせいただけますか」
- 「〇〇さんがその意見を持つことになったきっかけはありますか」
これらの問いかけは、「あなたの考えのプロセスに関心がある」という肯定的な意図を伝え、相手に具体的な情報提供を促します。
2. 傾聴の姿勢と心理的安全性の確保
相手が「なぜ」を話している間は、以下の点を意識して聴くことが大切です。
- アクティブリスニング: 相手の目を見て頷いたり、相槌を打ったりしながら、注意深く耳を傾けます。相手の話を遮らず、最後まで聞くことに集中します。
- 判断せず、まず受け止める: 相手の意見や理由に対して、すぐに賛成や反対、評価を挟まず、まずは「そういう考え方もあるのか」という姿勢で受け止めます。
- 沈黙を恐れない: 相手が考えている間の沈黙を急いで埋めようとせず、待つことも重要です。深い考えを整理するためには時間が必要な場合もあります。
- 感情への配慮: 話されている内容だけでなく、そこに込められた感情にも配慮します。例えば「その時は大変でしたね」など、共感を示す言葉を添えることも有効です。
- 感謝を伝える: 意見や、その背景にある考えを共有してくれたことに対して、「話してくださってありがとうございます」と感謝を伝えることで、相手は次に話す際も安心して意見を述べることができます。
3. 思考プロセスの開示を促すフレームワーク
具体的な対話の構造として、いくつかのフレームワークが応用できます。
- Listen-Ask-Summarize (LAS) の応用:
- Listen (聴く): まず、相手の意見をしっかりと聞きます。
- Ask (問う): その意見に対して、上記の柔らかい問いかけ方で「なぜそう思うのか」を尋ねます。
- Summarize (要約する): 聴いた内容と、背景・理由として理解したことを自分の言葉で要約し、「〇〇ということですね。私の理解は合っていますでしょうか?」のように、相手に確認します。これにより、自分の理解が正確かを確認できるとともに、相手に「自分の話が正しく伝わっている」という安心感を与えられます。
- 5 Whys のインクルーシブな応用: 問題解決の手法である5 Whysは、根本原因を探るのに有効ですが、これを意見の背景理解に応用できます。「その意見に至った最初の理由は?」「その理由のさらに背景は?」「そこからなぜそのように考えるようになったのか?」のように、問いを重ねることで、より深いレベルでの理由や価値観に迫ることができます。ただし、尋問にならないよう、あくまで相互理解を深めるための共同作業として進める意識が重要です。
リーダー自身が、自分の意見や判断の「なぜ」をメンバーに説明する姿勢を見せることも、メンバーが自身の思考プロセスを開示しやすくなる文化を醸成します。
実践事例
- 事例1:仕様変更に関する意見対立 開発チームで新しい機能の仕様について意見が分かれました。Aさんは既存技術の活用を主張し、Bさんは新しい技術の導入を主張。表面的な議論は平行線でした。 リーダーは「お二人の意見、どちらも一理あると感じます。Aさんはなぜ既存技術が良いと考えたのか、その理由をもう少し教えていただけますか?」「Bさんは新しい技術にどのような可能性を感じて、導入が必要だと考えたのか、その背景を聞かせてください」と問いかけました。 Aさんからは、既存技術の成熟度と運用負荷の低さ、過去のプロジェクトでの成功経験が理由であることが共有されました。Bさんからは、新しい技術が将来的な拡張性やパフォーマンス向上に不可欠であること、そして個人的にその技術を学習・習得したいという思いがあることが語られました。 互いの「なぜ」を理解した結果、単に技術の優劣で判断するのではなく、短期的な安定性と長期的な成長可能性という異なる視点があることが明確になり、最終的には両方の要素を考慮したハイブリッドなアプローチを採用するという、より包括的な意思決定ができました。
- 事例2:プロジェクトの進捗遅延に対するメンバーの意見 あるメンバーから、プロジェクトの進捗遅延について「もっとスケジュールをタイトにすべきだ」という意見が出ました。 リーダーは「タイトなスケジュールが必要だとお考えになった理由や背景について、もう少し詳しく教えていただけますか?」と尋ねました。 メンバーからは、クライアントからの無言のプレッシャーを感じていること、過去の類似プロジェクトで遅延が大きな問題になった経験があること、そして自分自身がもっと貢献したいが故に焦りを感じていることなどが語られました。 単なる「スケジュールをタイトにせよ」という意見の裏に、クライアントへの責任感、過去の経験からの学び、そして貢献意欲という複雑な「なぜ」があることが理解できました。リーダーは、そのメンバーの責任感と貢献意欲を認めつつ、チーム全体でクライアントとの期待値調整を行うこと、進捗管理の方法を見直すことなどを提案し、メンバーの不安に寄り添いながら建設的な解決策を見出すことができました。
まとめ
多様なチームにおいて、メンバー一人ひとりの意見の「なぜそう思うのか」を深く理解しようとする対話は、単なるコミュニケーションスキルを超えた、インクルーシブなチーム運営の要となります。表面的な賛否だけでなく、その背景にある理由や価値観、経験に耳を傾けることで、相互理解が深まり、誤解を防ぎ、信頼関係が育まれます。
本記事で紹介した具体的な問いかけ方、傾聴の姿勢、そして対話のフレームワークは、日々のチームコミュニケーションの中で実践できるものです。これらのテクニックを意識的に使うことで、チームメンバーは安心して自分の考えや感情を開示できるようになり、チーム全体の心理的安全性は向上します。
チームリーダーとして、「なぜそう思うのか」に真摯に向き合う対話を通じて、多様な視点が尊重され、活かされるインクルーシブなチーム文化を育んでいきましょう。それは、チームの課題解決能力を高め、より良い成果へと繋がる確実な一歩となるはずです。