多様なチームで伝えにくいパフォーマンス懸念をインクルーシブに伝える対話術
チームの成長を促す「伝えにくいフィードバック」の重要性
多様性が増す現代のチーム運営において、メンバー一人ひとりのパフォーマンスに関する懸念や、期待値とのギャップについてフィードバックを行うことは、チーム全体の成果向上と個人の成長のために不可欠です。しかし、特にネガティブな側面を含むフィードバックは、伝え方を間違えると相手のモチベーションを下げたり、関係性を悪化させたり、チームの心理的安全性を損なったりするリスクを伴います。
多様な文化背景、経験、コミュニケーションスタイルを持つメンバーで構成されるチームでは、その難しさは一層増します。意図が正確に伝わらなかったり、文化的な違いから誤解が生じたりする可能性があるためです。
この記事では、多様なチームにおいて、伝えにくいパフォーマンスに関するフィードバックを、相手の尊厳と心理的安全性を守りながら、かつ建設的に伝えるためのインクルーシブな対話術をご紹介します。これは、単に問題を指摘するのではなく、メンバーの成長を支援し、チームとの信頼関係をより強固にするためのアプローチです。
インクルーシブなパフォーマンス・フィードバックの基本原則
伝えにくいフィードバックをインクルーシブに行うためには、いくつかの基本原則を押さえる必要があります。
- 目的意識を明確にする: フィードバックの目的は、相手を非難することではなく、特定の行動や状況を改善し、個人の成長とチームへの貢献を促すことにあります。このポジティブな意図を自分自身が理解し、対話の軸に据えることが重要です。
- 客観的な事実に基づく: 感情や主観的な評価ではなく、具体的な行動や観察可能な事実に基づいて話します。「あなたはいつも遅い」ではなく、「〇月×日の会議資料の提出が、締切から2日遅れました」のように、特定の日時や状況と紐づいた事実を伝えます。
- 一方的な伝達ではなく対話: フィードバックは一方的に伝えるものではなく、相手との対話を通じて行うものです。相手の状況、背景、考えを聞き、理解しようとする姿勢が不可欠です。
- 成長への期待を示す: 現在のパフォーマンスに対する懸念を伝えつつも、相手の能力や将来的な成長への期待を伝えることで、ポジティブな変化への意欲を引き出します。
- タイミングと場所を配慮する: 可能な限り、プライベートで落ち着いた環境を選び、相手が話を聞く準備ができているか確認します。公衆の面前や他のメンバーがいる場所でのフィードバックは、相手に恥をかかせたり、防御的な態度を取らせたりする可能性が高いため避けます。
具体的な対話フレームワークの活用
インクルーシブなフィードバックに役立つフレームワークはいくつか存在します。ここでは、ビジネスシーンでよく活用される「SBIモデル」をインクルーシブな対話のために応用する考え方をご紹介します。
SBIモデル:
- Situation (状況): いつ、どこで、どのような状況で観察された行動かを具体的に伝えます。
- 例:「先週のクライアント定例ミーティングで…」
- Behavior (行動): 相手が具体的にどのような行動をとったかを客観的に記述します。解釈や評価は含めません。
- 例:「あなたが提案の説明を始めた際に、資料の特定のページについて質問が出ましたが、あなたはすぐに次のトピックに移られました。」
- Impact (影響): その行動が自分自身、チーム、プロジェクト、クライアントなどにどのような影響を与えたかを伝えます。
- 例:「その結果、質問したクライアントは少し戸惑っているように見え、他のメンバーからも後で『質問に答えてほしかった』という声があがりました。私としては、クライアントの理解を深める機会を逃してしまったと感じています。」
インクルーシブな応用:
SBIモデルは事実に基づきやすい強力なフレームワークですが、多様なチームで使う際は「Impact」の部分に注意が必要です。一方的に「私はこう感じた」「こう影響した」と伝えるだけでなく、相手にその「Impact」についてどう思うか、あるいはその行動の背景に何があったのかを問うステップを加えることが、対話をインクルーシブに進める鍵となります。
- SBIを伝えた後:
- 「あの時、すぐに次のトピックに移られたのは、何か意図や理由があったのですか?」
- 「あの時のあなたの行動について、どうお考えになりますか?」
- 「私の感じた影響について、どう思われますか?」
- 「次はどうすればよりスムーズに進むと思いますか?」
このように問いかけることで、相手が自身の行動を振り返り、自身の視点や困難だった点を共有する機会が生まれます。これにより、一方的な「指導」ではなく、共に解決策を見つける「協働」の姿勢を示すことができます。
多様なチームにおける実践事例と注意点
事例:締切遅延が常態化しているメンバーへのフィードバック
- 状況: 「〇〇さん、先月担当されていたAプロジェクトのタスクについてお話しさせてください。」
- 行動: 「そのタスクの最終締切が△月□日でしたが、実際の提出はそれから3日後の×月y日でした。これはその前のタスクでも同様の遅延が見られました。」
- 影響(+対話への誘い): 「この遅延によって、後続の工程を担当するメンバーが作業を開始できず、チーム全体のスケジュールに遅れが生じ、クライアントへの報告にも影響が出ました。これはチームとして避けたい状況です。率直にお伺いしたいのですが、今回のタスクで締切を守る上で何か難しかったことはありましたか? あるいは、私の把握していない状況がありましたでしょうか?」
注意点:
- 文化背景への配慮: 時間に対する感覚や、上司への報告・相談の文化は様々です。直接的な表現を避ける文化の人もいれば、逆に率直なフィードバックを期待する人もいます。相手の文化背景を理解しようと努め、決めつけずに対話することを心がけます。
- コミュニケーションスタイルの違い: 口頭でのコミュニケーションが得意でないメンバー、非同期コミュニケーションを好むメンバーもいます。対面での対話が難しい場合は、事前の情報共有や、必要に応じて文字による補足なども検討します。
- 発達特性や健康状態への配慮: 集中力の維持が難しい、指示の理解に時間がかかるなど、発達特性や健康状態がパフォーマンスに影響している可能性もゼロではありません。頭ごなしに「なぜできないのか」と責めるのではなく、「どうすればできるようになるか」という視点で、必要なサポートや環境調整について共に考える姿勢がインクルーシブです。ただし、個人的なデリケートな情報に踏み込む際は、相手の同意と信頼関係が前提となります。
- 沈黙を恐れない: 相手がすぐに言葉に詰まることもあるかもしれません。特に伝えにくい内容の場合、相手は考えを整理したり、感情を処理したりする時間が必要です。心地よい沈黙(awkward silenceではない)を許容し、相手が話し始めるのを辛抱強く待つことも、インクルーシブな対話においては重要です。
- 「I(私)メッセージ」の活用: 「あなたは〜だ」と相手を主語にするのではなく、「私は〜と感じる」「私からは〜に見える」という「Iメッセージ」を使うことで、主観であることを伝えつつ、相手に行動変容を促しやすくなります。
フィードバック後のフォローアップ
フィードバックは一度きりで終わりではありません。対話を通じて合意した行動計画や改善策について、その後の進捗を確認し、必要に応じて追加のサポートや調整を行います。ポジティブな変化が見られた際には、必ずそれを認め、具体的な行動を褒める「ポジティブ・フィードバック」を忘れずに行うことが、相手のモチベーション維持と信頼関係の構築に繋がります。
まとめ
多様なチームにおいて、伝えにくいパフォーマンスに関するフィードバックは、リーダーにとって挑戦的な場面の一つです。しかし、これを避けるのではなく、インクルーシブな対話の機会として捉え、実践的なスキルとフレームワークを用いて丁寧に進めることで、個人とチームの成長を大きく加速させることができます。
客観的な事実に基づき、相手の状況を理解しようと努め、成長への期待を込めて対話を行うこと。そして、一方的な伝達ではなく、共に解決策を探る姿勢を示すことが、インクルーシブなフィードバックの核となります。
このような対話を重ねることで、チーム内の心理的安全性は高まり、メンバーは安心して意見や懸念を表明できるようになり、結果として、より強固で生産的なチーム文化が育まれていくでしょう。