チーム全員が居場所を感じる、インクルーシブな感謝と承認の伝え方
多様なチームにおける感謝と承認の重要性
現代のビジネス環境では、チームの多様性が不可欠な強みとなっています。異なるバックグラウンド、価値観、経験を持つメンバーが集まることで、チームはより革新的で多角的な視点を持つことができます。しかし同時に、多様性はコミュニケーションにおける摩擦や誤解を生む可能性も秘めています。特に、チーム内での感謝や貢献への承認といったポジティブなコミュニケーションは、その表現方法や受け止め方が多様であるために、意図したように伝わらなかったり、特定のメンバーに偏ってしまったりすることがあります。
チームメンバー一人ひとりが「自分は貢献できている」「自分の存在が認められている」と感じることは、心理的安全性を高め、エンゲージメントと生産性の向上に直結します。これはインクルーシブなチーム文化を築く上で非常に重要な要素です。従来の画一的な感謝や承認の形ではなく、多様なメンバーのそれぞれの「響く」方法で伝え、受け止められるようにするための、「インクルーシブな感謝と承認」の実践が必要とされています。
なぜ多様なチームで感謝や承認が伝わりにくいのか
多様なチームにおいて、感謝や承認が十分に伝わらない、あるいは偏りが生じやすい背景には、いくつかの要因があります。
- 表現方法の違い: 感謝や承認を言葉で直接伝える文化もあれば、行動や間接的な表現を重視する文化もあります。また、公の場で認められることを好む人もいれば、個人的なメッセージの方が心地よいと感じる人もいます。
- 価値観の違い: 何を「貢献」と見なすかの基準が異なる場合があります。成果を重視する人、プロセスや努力を重視する人、チームワークへの貢献を重視する人など様々です。リーダーや一部のメンバーの価値観に基づいた承認だけでは、他の貢献が見過ごされる可能性があります。
- 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス): リーダー自身が気づかないうちに、特定の属性(例: 発言力のある人、自分と似たタイプの人)を持つメンバーの貢献をより高く評価したり、頻繁に承認したりしてしまうことがあります。
- コミュニケーションチャネルの特性: オンラインや非同期コミュニケーションが増える中で、対面での些細な承認の機会が減ったり、テキストでの感謝の意図が十分に伝わりにくかったりすることがあります。
これらの要因を理解し、意図的にインクルーシブな感謝と承認の仕組みや文化を構築していくことが、リーダーシップにおいて求められます。
インクルーシブな感謝・承認のための基本原則
インクルーシブな感謝と承認を実践するためには、以下の原則を意識することが重要です。
- 個別性の尊重: 誰に、何を、どのように伝えるのがそのメンバーにとって最も響くのかを考えます。全てのメンバーに同じ方法で伝える必要はありません。
- 具体性: 何に対する感謝なのか、どのような行動や貢献がチームに良い影響を与えたのかを具体的に伝えます。「ありがとう」だけでなく、「〇〇さんがXXをしてくれたおかげで、プロジェクトがスムーズに進みました。本当に助かります」のように、行動とその結果を明確に結びつけます。
- タイムリーさ: 貢献がなされた後、できるだけ早いタイミングで感謝や承認を伝えます。時間が経つと、何を褒められたのかが曖昧になったり、承認の価値が薄れたりすることがあります。
- 双方向性: リーダーからメンバーへだけでなく、メンバー同士、あるいはメンバーからリーダーへの感謝や承認も自然に行われる文化を醸成します。
- 公平性と透明性: 承認が特定のメンバーに偏らないよう意識し、可能であればチーム全体で見える形で共有することで、公平性を高めます。(ただし、公にされることを好まないメンバーへの配慮も必要です。)
実践的なテクニックとフレームワーク
これらの原則に基づき、多様なチームで実践できる具体的なテクニックやフレームワークをご紹介します。
1. 1対1の対話でのインクルーシブな伝え方
最も基本的かつ強力な方法は、1対1での丁寧な対話です。
- 「I(アイ)メッセージ」で伝える: 自分の感情や考えを主語にして伝えます。「〇〇さんのコードレビューはいつも的確で、私にとって大きな学びになっています」のように、「私がどう感じたか」「自分にどう影響したか」を伝えることで、相手の貢献の価値を具体的に示すことができます。
- 行動と影響を具体的に伝える: 感謝したい具体的な行動(What)と、それがチームや自分自身にどのような良い影響を与えたか(So What)をセットで伝えます。これはフィードバックの手法としても用いられる「SBI(Situation-Behavior-Impact)」フレームワークのポジティブな応用と言えます。
- S (Situation): どのような状況で
- B (Behavior): 相手がどのような行動をしたか
- I (Impact): その行動が自分やチームにどのような影響を与えたか
- 例:「先日の緊急対応の際(S)、〇〇さんが他のタスクを中断して進んでサポートしてくれたこと(B)で、納期に間に合わせることができました。本当に感謝しています(I)」
- 相手の価値観を推測し、言葉を選ぶ: 相手が何を重視しているかを日頃の対話から推測し、それに寄り添う言葉を選びます。例えば、チームワークを重視するメンバーには「チームへの貢献」、新しい技術への挑戦を好むメンバーには「革新性」や「学び」に焦点を当てて承認するなどです。
2. チーム全体でのインクルーシブな文化作り
チーム全体で感謝と承認が自然に行われる仕組みや雰囲気を作ることも重要です。
- 定期的な「感謝・承認タイム」の設定: 定例ミーティングの冒頭や終わりに、数分間「最近、誰かに感謝したいことや、すごいと思った貢献があれば共有しましょう」という時間を設けます。発言しやすい雰囲気を作り、多様な貢献に光が当たるようにリーダーが率先して共有を促します。
- 非同期ツールでの共有: SlackやMicrosoft Teamsなどのコミュニケーションツールに、感謝や承認専用のチャンネルを作成します。テキスト、絵文字、スタンプなど、多様な方法で気軽に感謝を伝えられる場を提供します。リモートワーク環境では特に有効です。ただし、特定のメンバーだけが目立たないよう、全てのメンバーが利用しやすいルール作りや声かけが必要です。
- 貢献の「見える化」: 四半期に一度、チームの成果を振り返る際に、個々のメンバーの貢献やチームワークの発揮事例を具体的に共有します。これは公の場で行う承認の一つですが、具体的な行動に基づくことで、評価の透明性を高めることができます。ただし、公にされることを強く好まないメンバーへの配慮として、事前に本人の意向を確認するなどの工夫も有効です。
- 「ピアボーナス」や「サンキューカード」: メンバー同士が感謝のメッセージや少額のボーナスを贈り合えるシステムを導入するのも一つの方法です。形式化されすぎないよう、温かみのある運用を心がけます。
3. リーダーに求められる役割
リーダーは、インクルーシブな感謝と承認文化の鍵を握る存在です。
- 率先して実践する: リーダー自身が、日頃からメンバーや他部署の人々に対して、具体的かつタイムリーな感謝や承認を積極的に伝えます。リーダーの行動はチームの規範となります。
- 多様な貢献の形を認識する: 定量的な成果だけでなく、チーム内の心理的安全性を高める行動、新しい視点の提供、困難な状況での粘り強さなど、多様な貢献の形を認識し、価値を置く姿勢を示します。
- メンバーの声に耳を傾ける: どのような承認がそのメンバーにとって嬉しいか、逆にどのような表現が苦手かなどを、1on1などを通じて把握するよう努めます。
- 仕組みを作り、運用を見直す: 定期的な感謝・承認タイムやツールの導入など、文化を定着させるための仕組みを構築し、それが多様なメンバーにとって機能しているか、偏りはないかなどを定期的に見直します。
インクルーシブな感謝・承認がもたらす効果
インクルーシブな感謝と承認の実践は、チームに多くのポジティブな効果をもたらします。
- 心理的安全性の向上: 自分の貢献が認められると感じることで、メンバーは安心して意見を述べたり、新しいことに挑戦したり、失敗を共有したりできるようになります。
- エンゲージメントとモチベーションの向上: 自分の仕事の価値を実感することで、メンバーはより意欲的に業務に取り組みます。
- 信頼関係の構築: 感謝と承認の交換は、メンバー間のポジティブな相互作用を増やし、信頼関係を深めます。
- チームのパフォーマンス向上: 高い心理的安全性とエンゲージメントは、結果としてチーム全体の生産性や創造性の向上につながります。
- 離職率の低下: 貢献が正当に評価されていると感じることは、メンバーの定着率にも良い影響を与えます。
まとめ
多様性が強みとなる現代において、チームメンバー全員が居場所を感じ、それぞれの能力を最大限に発揮するためには、インクルーシブなコミュニケーションが不可欠です。特に、感謝と承認は、チームの心理的な基盤を築き、メンバー間の信頼を育む上で中心的な役割を果たします。
画一的なやり方ではなく、メンバー一人ひとりの個性や背景に配慮した具体的な伝え方を実践し、チーム全体で感謝と承認を交換し合う文化を意図的に醸成していくことが、リーダーに求められています。今回ご紹介した原則やテクニックが、あなたのチームをよりインクルーシブで活力あるものに変える一助となれば幸いです。