多様なチームで自分と相手を活かす、インクルーシブなアサーティブ対話術
多様なチームにおける対話の課題とアサーティブネスの重要性
多様なバックグラウンド、価値観、コミュニケーションスタイルを持つメンバーが集まるチームでは、活発な意見交換がチームの力となります。しかし同時に、意見の衝突や誤解が生じやすい側面も否定できません。リーダーとしては、メンバーそれぞれが安心して発言でき、かつ建設的に議論を進める環境を整備する必要があります。
そのために不可欠なのが、「アサーティブネス(Assertiveness)」です。アサーティブネスとは、相手の権利や感情を尊重しながら、自分の意見や要求、感情を率直かつ誠実に伝えるコミュニケーションスキルです。これは単なる自己主張ではなく、自分も相手も大切にする対等な関係に基づいた対話の姿勢です。
多様なチームにおいてアサーティブな対話が重要な理由は複数あります。まず、メンバーが 자신의考えを臆せず表現できるようになり、心理的安全性の向上につながります。次に、異なる意見が出た際にも感情的な対立に陥りにくく、建設的な解決策を共に探求する土壌が生まれます。さらに、リーダーがアサーティブに自身の意図や期待を伝えることで、チーム内の誤解が減り、透明性と信頼性が高まります。
アサーティブネスとは:非主張的・攻撃的との違い
アサーティブネスを理解するためには、対極にあるコミュニケーションスタイルと比較するのが有効です。
- 非主張的(Non-assertive): 自分の意見や感情を抑え込み、相手に合わせすぎるスタイルです。波風を立てたくない、嫌われたくないといった気持ちから生じがちですが、結果的に自分のニーズが満たされず、不満が蓄積することがあります。チーム内では、「声なき声」として、潜在的な課題や不満が見過ごされる可能性があります。
- 攻撃的(Aggressive): 相手の感情や権利を軽視し、一方的に自分の意見や要求を押し通そうとするスタイルです。支配的、威圧的な態度をとることが多く、相手に不快感や萎縮を与えます。多様なチームでは、メンバーが委縮して発言しなくなり、心理的安全性が著しく損なわれます。
- アサーティブ(Assertive): 自分の意見や感情を正直に伝えつつ、相手の意見や感情にも耳を傾け、尊重するスタイルです。win-winの関係を目指し、対等な立場での対話を行います。多様性を活かすためには、このアサーティブな姿勢が基盤となります。
インクルーシブなチームにおけるアサーティブネスは、単に自分の意見を言うだけでなく、多様な文化的背景やコミュニケーションスタイルを持つ相手が、どのように受け止めるかを考慮し、対話の場全体が安全で開かれたものであるよう配慮する側面も含まれます。
インクルーシブなアサーティブ対話の実践テクニック
アサーティブな対話は、意識的な練習によって習得可能です。ここでは、多様なチームで実践できる具体的なテクニックを紹介します。
1. 「私メッセージ」(I-message)を使う
相手を非難するような「あなたは〜しない」「あなたは〜だ」という「あなたメッセージ」ではなく、「私は〜と感じている」「私は〜だと思う」という「私メッセージ」で伝えることで、相手を責める印象を与えずに自分の状態や感情を伝えることができます。
例えば、「どうしていつも納期を守らないんだ」と言う代わりに、「〇〇さんのタスクが遅れると、その後の私の作業に影響が出てしまい、正直困っています」のように伝えます。これにより、事実に即して自分の感情や影響を伝えつつ、相手の反論や説明を引き出しやすくなります。
2. 具体的な行動と感情・影響を結びつける
フィードバックや懸念を伝える際には、抽象的な評価ではなく、「どのような行動」が、「あなたにどのような感情や影響」を与えているのかを具体的に伝えます。
「あなたの態度はひどい」ではなく、「先日のミーティングで、私が〇〇について発言した際に、あなたがため息をつかれた(行動)のを見て、私の意見は受け入れられないのかと不安に感じました(感情/影響)」のように伝えます。
3. DESC法を活用する
意見や要求を建設的に伝えるためのフレームワークとして、DESC法が有効です。 * D(Describe): 客観的な状況や行動を具体的に描写する。 * E(Express): その状況に対する自分の感情や意見を「私メッセージ」で表現する。 * S(Specify): 相手にしてほしい具体的な行動や、自分が望む解決策を明確に提案する。 * C(Consequences): 提案が受け入れられた場合(または受け入れられなかった場合)の肯定的な結果(または否定的な結果)を伝える。
例: D:「先週の進捗報告会で、〇〇の件について情報共有がありませんでした。」 E:「私はその情報がないと、次のタスクの計画が立てられず困っています。」 S:「次回からは、たとえ作業中であっても、途中経過でも構いませんので、進捗を報告していただけますでしょうか。」 C:「そうしていただけると、私が安心して次の準備に取り掛かれますし、チーム全体の連携もスムーズになります。」
4. 傾聴と共感の姿勢を忘れない
アサーティブネスは、一方的に話すことではありません。相手の意見や感情に真摯に耳を傾ける「傾聴」と、相手の立場や感情を理解しようとする「共感」は、アサーティブな対話の土台となります。相手がどのように感じているかを理解しようと努めることで、より信頼関係に基づいた対話が可能になります。
5. 非言語コミュニケーションにも配慮する
言葉遣いだけでなく、表情、声のトーン、ジェスチャー、姿勢といった非言語的な要素も重要です。穏やかで誠実な表情、落ち着いた声のトーン、相手に開かれた姿勢で対話することで、言葉のメッセージがより効果的に伝わります。多様な文化では非言語的なコミュニケーションの解釈が異なる場合があるため、オープンな姿勢で相手の反応を観察することも大切です。
リーダーが実践するアサーティブ対話の事例
リーダーがアサーティブネスを実践することは、チーム全体のコミュニケーションの質を高める上で非常に有効です。
- 建設的なフィードバック: メンバーのパフォーマンスについて懸念がある場合、感情的にならず、具体的な事実に基づいて、自身の期待や影響をアサーティブに伝えます。例:「〇〇さん、先日のプレゼンテーションについてお話させてください。特にスライドの構成(具体的な行動)が、私には少し分かりにくく感じられました(私の感情/影響)。次回は、まず全体像を示してから詳細に入る構成にしていただけると、聞き手も理解しやすいと思いますがいかがでしょうか(具体的な提案)。」
- 異なる意見の調整: チーム内で意見が対立した場合、リーダーはまずそれぞれの意見をアサーティブな傾聴で受け止めます。その上で、自身の視点やチームとして目指す方向性をアサーティブに伝え、共通の目標に基づいた解決策を共に探求する対話へと導きます。
- 過度な要求への対応: 他部署や顧客からチームにとって無理な要求があった場合、チームを守るためにアサーティブに「No」を伝えることもリーダーの役割です。単に断るのではなく、理由を誠実に伝え、代替案や妥協点を提案することで、関係性を損なわずに対応できます。例:「大変申し訳ありませんが、現在のチームのリソースでは、その納期での対応は難しい状況です(正直な状況)。もし可能であれば、期日を〇〇まで延ばしていただくか、担当範囲を絞ることはできますでしょうか(代替案の提案)。」
- 期待値の明確化: 新しいプロジェクトやタスクを開始する際、リーダーは自身の期待する成果、品質レベル、納期などを明確かつアサーティブに伝えます。同時に、メンバーの疑問や懸念を傾聴し、対話を通じて互いの理解を深めることで、後々の誤解を防ぎます。
インクルーシブなアサーティブネスの注意点
アサーティブネスの実践にあたっては、チームの多様性に配慮することが重要です。文化によっては、直接的な表現が避けられる場合があります。また、個人の性格やこれまでの経験によって、アサーティブな表現に対する抵抗感や受け止め方が異なります。
リーダーは、一律の型にはめるのではなく、メンバー一人ひとりのスタイルや背景を理解しようと努め、対話のペースや表現方法を調整する柔軟性を持つことが求められます。また、アサーティブネスはすぐに完璧になるものではありません。チーム全体で学び合い、実践を重ねるプロセス自体が、心理的安全性を高め、インクルーシブな文化を育む一歩となります。
まとめ
多様なチームを率いるリーダーにとって、アサーティブな対話スキルは、メンバー間の信頼関係を築き、活発かつ建設的なコミュニケーションを促進するための強力なツールです。自分と相手、双方の意見や感情を尊重しながら率直に伝えるアサーティブネスは、単なる自己主張や要求の押し付けとは異なります。
本記事で紹介した「私メッセージ」やDESC法といった具体的なテクニックは、日々の対話の中で実践可能です。これらのスキルを意識的に使い、メンバー一人ひとりの多様性に配慮しながらアサーティブな対話を重ねることで、チーム内の摩擦を減らし、心理的安全性を高め、「声なき声」を含む多様な意見がチームの成長と生産性向上に繋がるインクルーシブなチーム文化を育んでいくことができるでしょう。