誤解を防ぎ信頼を築く、期待値のインクルーシブなすり合わせ方
多様なチームで起こりがちな期待値のずれとその影響
現代のチームは、年齢、性別、国籍、職務経験、価値観など、多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されることが増えています。このような多様性は、新しいアイデアや高い創造性をもたらす一方で、コミュニケーションにおいて予期せぬ課題を生むこともあります。その一つが「期待値のずれ」です。
リーダーがメンバーに対してプロジェクトの意図や自身の要望を伝えたつもりでも、受け手は異なる解釈をしたり、言葉の裏にある前提を理解できなかったりすることがあります。特に、リモートワークやハイブリッドワークが普及したことにより、非言語的な情報が伝わりにくくなり、このずれはさらに顕著になりやすい傾向にあります。
期待値のずれは、単なる業務上のミスにとどまらず、以下のような様々な問題を引き起こす可能性があります。
- 業務のやり直し: 認識のずれにより、成果物が期待していたものと異なってしまい、手戻りが発生します。
- 信頼関係の悪化: 「なぜ言われた通りにしないのか」「なぜもっと早く確認してくれなかったのか」といった不満が生じ、相互不信につながります。
- モチベーションの低下: 期待に応えられなかったメンバーは自信を失い、逆に期待を正しく伝えられないリーダーはコミュニケーションへの苦手意識を持つことがあります。
- 心理的安全性の低下: 誤解や失敗を恐れ、疑問や懸念を率直に表現することを躊躇するようになります。
- 生産性の低下: コミュニケーションコストが増大し、チーム全体の効率が損なわれます。
これらの問題を回避し、多様なチームの力を最大限に引き出すためには、期待値のすり合わせを「インクルーシブな対話」として捉え、意識的に行うことが不可欠です。
インクルーシブな期待値すり合わせの重要性
インクルーシブな期待値すり合わせとは、単にリーダーがメンバーに指示を出すことではありません。それは、プロジェクトの目的、個々の役割、成果物のイメージ、進め方、コミュニケーションの方法などについて、チームメンバー全員が納得感を持って共通理解を築くプロセスです。
このプロセスをインクルーシブに進めることで、多様なチームにおいて以下のような効果が期待できます。
- 誤解の防止と精度の向上: 多様な視点から期待値を言語化・確認することで、あいまいさが減り、認識のずれを早期に発見・修正できます。
- 当事者意識と主体性の向上: メンバー自身が期待値の設定プロセスに関わることで、「やらされ感」ではなく「自分ごと」として業務に取り組む意欲が高まります。
- 信頼関係の構築: 互いの考えや前提を理解しようと対話することで、オープンで誠実な関係性が育まれます。
- 心理的安全性の向上: 安心して疑問を投げかけたり、懸念を表明したりできる雰囲気は、建設的なフィードバックの交換を促進します。
- 変化への適応力向上: 事前に期待値をしっかり話し合っておくことで、計画変更が必要になった際も柔軟に対応しやすくなります。
つまり、インクルーシブな期待値すり合わせは、単なる業務管理の手法ではなく、チームのエンゲージメントを高め、パフォーマンスを向上させるための基盤となる対話術と言えます。
実践!期待値のインクルーシブなすり合わせステップ
ここでは、明日から実践できるインクルーシブな期待値すり合わせの具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:リーダーからの明確な初期提示
まず、リーダー側から期待する成果や役割、目的などを具体的に言語化して提示します。この段階で、背景や「なぜそれが必要なのか」といった理由も併せて伝えることが重要です。これにより、メンバーは指示の意図をより深く理解できます。
- ポイント: 専門用語は避け、誰にでも理解できる平易な言葉を選びましょう。抽象的な表現ではなく、「〇〇をいつまでに、△△の形式で完成させる」「あなたが担当するのはこの部分で、ゴールは□□の状態である」のように具体的に伝えます。
ステップ2:相手の理解・期待・懸念の傾聴
リーダーが提示した内容に対し、メンバーがどのように理解したか、どのような疑問や懸念を持っているかを徹底的に聴き出すフェーズです。ここでは、アクティブリスニングのスキルが非常に重要になります。
- 実践例:
- オープンクエスチョンを使う:「この説明を聞いて、どのような点が気になりましたか?」「もし進める上で難しい点があるとすれば、それは何でしょうか?」
- 相槌や頷きで傾聴の姿勢を示す。
- 相手の言葉を繰り返したり、要約したりして理解を確認する:「つまり、〇〇という点で少し不安があるということですね?」
- 沈黙を恐れず、相手が考え、話す時間を与えます。特に内向的なメンバーや、異なる文化背景を持つメンバーは、すぐに反応しない場合があります。
多様なメンバーからは、予期しない疑問や懸念が出てくることがあります。これは、彼らが持つ独自の経験や視点に基づいています。それらを否定せず、「なるほど、そういう視点もあるのですね」と受け止める姿勢がインクルーシブな雰囲気を作ります。無意識の前提(例:「これは当然、こうやるものだ」)に気づくきっかけにもなります。
ステップ3:相互理解の確認と調整
お互いの理解や前提、期待値が明らかになったら、それらを照らし合わせ、ずれがないかを確認します。もしずれがあれば、その原因を探り、双方が納得できる形に調整します。
- 実践例:
- 「私が理解した内容は、〇〇ということですが、合っていますか?」と自分の理解を相手に伝えて確認します。
- ずれが見つかった場合、「なぜそのように考えましたか?」「私の説明で分かりにくかった点はありますか?」と問いかけ、原因を掘り下げます。
- 代替案を一緒に検討する:「こういう進め方だと、〇〇さんの懸念点を解消できるかもしれませんが、いかがでしょうか?」
- 目標や役割は固定的なものではなく、対話を通じて調整可能なものである、という姿勢を示すことが大切です。
この段階で、対話を通じて共通の「言語」や「基準」を作り上げていきます。曖昧な言葉や業界用語などがあれば、具体的な状態を定義するなど、具体的なイメージを共有できるようにします。
ステップ4:合意内容の記録と共有
すり合わせによって合意した内容は、必ず記録に残し、関係者全員がいつでも確認できるように共有します。口頭での合意だけでは、時間と共に記憶が薄れたり、解釈が変わったりするリスクがあります。
- 実践例:
- 議事録、メール、チャット、プロジェクト管理ツールのタスク詳細欄など、チームが日常的に利用するツールで共有します。
- 決定事項だけでなく、なぜその決定に至ったのか、どのような懸念が話し合われたのかといった背景情報も記録すると、後から見返した際の理解が深まります。
記録は、後続の業務を円滑に進めるだけでなく、万が一問題が発生した場合に立ち返るための重要な情報となります。
ステップ5:定期的な再確認と見直し
期待値は、プロジェクトの進行や状況の変化に伴って自然と変化するものです。一度すり合わせたら終わりではなく、定期的に、あるいは状況に変化があった際には、再度すり合わせを行うことが重要です。
- 実践例:
- 1on1ミーティングやチームの定例会議で、期待値に関するアジェンダを設けます。
- プロジェクトのフェーズが変わる節目などに、改めて期待値を言語化し、確認する時間を設けます。
- メンバーから「当初考えていたのと違う状況になっている」といった報告があった際に、すぐに期待値の再確認のための対話を行います。
この継続的なプロセスを通じて、期待値のずれが大きくなることを防ぎ、常にチーム全体が同じ方向を向いている状態を保つことができます。
インクルーシブなすり合わせを支えるリーダーの姿勢
上記のステップを効果的に実践するためには、リーダー自身の姿勢が重要です。
- オープンであること: 自分の考えや期待を率直に伝えるだけでなく、メンバーからの意見や懸念を「聴く耳」を持つことです。
- 誠実であること: メンバーの言葉に真摯に耳を傾け、理解しようと努める姿勢は、信頼関係の基盤となります。
- 忍耐強くあること: 多様なメンバーとの対話には、時間がかかる場合があります。すぐに共通理解に至らなくても、焦らず対話を続ける粘り強さが必要です。
- 完璧を目指さないこと: 一度の対話で全てが完全に一致することは稀です。継続的な対話を通じて、少しずつ理解を深めていくプロセスと捉えることが大切です。
インクルーシブな期待値すり合わせは、リーダーシップにおける重要なスキルであり、継続的な実践によって磨かれていきます。
まとめ
多様なチームにおける期待値のずれは、誤解、摩擦、そして生産性の低下を引き起こす大きな要因となります。これを乗り越えるためには、一方的な指示ではなく、メンバー全員が参加し、互いの視点や前提を理解しようとする「インクルーシブな対話」を通じた期待値のすり合わせが不可欠です。
今回ご紹介した5つのステップ(明確な初期提示、徹底的な傾聴、相互理解の確認と調整、合意内容の記録・共有、定期的な再確認)は、そのための具体的な実践方法です。これらのステップと、オープンさ、誠実さといったリーダーとしての姿勢を組み合わせることで、多様なメンバーとの間に確固たる信頼関係を築き、チーム全体のパフォーマンスを最大化することが可能になります。
期待値のすり合わせは、単なる業務上のタスクではなく、インクルーシブなチーム文化を育むための継続的な取り組みです。ぜひ、日々のコミュニケーションの中で意識的に取り入れてみてください。