多様なチームメンバーの主体性と貢献意欲を引き出す、インクルーシブな目標設定と進捗確認の対話術
多様なチームを率いるリーダーにとって、メンバー一人ひとりの能力を最大限に引き出し、チーム全体の目標達成に繋げることは重要な課題です。特に目標設定や日々の進捗確認の場面では、画一的なアプローチでは多様なバックグラウンドや価値観を持つメンバー全員に響かず、主体性や貢献意欲を引き出しきれない場合があります。
インクルーシブなコミュニケーションは、このような課題に対し、メンバーそれぞれの状況や視点を尊重し、対話を通じて共通認識と納得感を醸成する有効な手段となります。本稿では、インクルーシブな視点から目標設定と進捗確認を行うための対話術について解説します。
インクルーシブな目標設定へのアプローチ
目標設定は、単に組織やチームから与えられた目標をメンバーに割り当てるプロセスではありません。多様なチームにおいては、メンバーがその目標を「自分ごと」として捉え、主体的に取り組むための基盤を作る対話が不可欠です。
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一方的な通達ではなく「対話」による共通認識の形成 チーム全体の目標を提示する際、その背景、意義、そしてなぜその目標が重要なのかを丁寧に説明します。そして、それに対するメンバーの理解度、共感、懸念などを引き出す対話を設けます。質問を投げかけ、メンバーからの意見や疑問に対して真摯に耳を傾け、対話を通じて目標への納得感を高めていきます。
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個人の強み、関心、キャリア目標との結びつけ チーム目標とメンバー個人の成長、キャリア目標を結びつけることで、目標達成へのモチベーションを高めます。メンバー一人ひとりのスキル、経験、関心、将来どのような専門性を追求したいかなどを把握し、チーム目標の中でどのようにその強みを活かせるか、どのような経験を通じて成長できるかを一緒に探る対話を行います。
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目標設定プロセスにおける心理的安全性の確保 メンバーが目標に対する率直な意見や懸念(例:「この目標は難しすぎるのではないか」「他の業務との兼ね合いが難しい」など)を安心して表明できる雰囲気を作ることが重要です。リーダーは批判せずに傾聴し、懸念に対しては可能な限り解決策を共に考えたり、目標の調整を検討したりします。このプロセス自体が、メンバーからの信頼を得ることに繋がります。
インクルーシブな進捗確認(1on1など)における対話術
目標設定と同様に、日々の進捗確認や1on1ミーティングも、インクルーシブな対話の実践を通じてメンバーの主体性を育む重要な機会です。
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傾聴と共感に基づく関係構築 進捗確認は、単なるタスクの進捗報告を聞く場ではありません。メンバーが今どのような状況にあるのか、何を感じているのかを理解しようと努めます。アクティブリスニング(相槌、要約、繰り返しなど)を用い、非言語的なサイン(表情、声のトーンなど)にも注意を払います。メンバーの感情や状況に対して共感の言葉を伝え、「このリーダーは自分を理解しようとしてくれている」という信頼感を醸成します。
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オープンクエスチョンと「問いかけ」による内省の促進 「どうなっていますか?」といったクローズドな質問だけでなく、「この件について、今どのような状況だと感じていますか?」「次にどのようなアクションを取るのが最も効果的だと考えますか?」「何か困っていることはありますか?それはどのような状況ですか?」といったオープンクエスチョンを積極的に用います。これにより、メンバー自身が状況を分析し、課題や解決策について考えることを促します。
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多様なコミュニケーションスタイルへの配慮 メンバーの中には、口頭で考えをまとめるのが得意な人もいれば、一度考えてから話したい人、感情を表に出すのが苦手な人など、多様なコミュニケーションスタイルを持つ人がいます。対話のペースを調整したり、事前にアジェンダを共有して考える時間を与えたり、口頭での表現が難しそうであればチャットなどで補足してもらう可能性を示唆したりするなど、メンバーに合わせた配慮を行います。
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建設的なフィードバックとサポートの申し出 進捗が思わしくない場合でも、一方的に批判するのではなく、具体的な事実に基づいて建設的なフィードバックを行います。その際、「〇〇の点が期待通りに進んでいないようですが、何か原因や障壁がありますか?」のように、メンバー自身が状況を説明しやすい形で問いかけます。解決策を共に考えたり、必要なリソースやサポート(他のメンバーとの連携、情報提供、意思決定のサポートなど)を具体的に申し出たりすることで、メンバーは孤立せず、前向きに課題に取り組むことができます。また、小さな進歩や努力も見逃さずに具体的に承認することで、貢献意欲を高めます。
実践事例
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事例1:育児と両立するメンバーの目標設定 チームリーダーは、育児のために時間的な制約があるメンバーと目標設定の対話を行いました。単に業務量を調整するだけでなく、「限られた時間の中で、どのような種類の業務であれば特に貢献できると感じるか」「どのようなスキルを伸ばしたいか」を丁寧にヒアリングしました。その結果、メンバーの強みである特定の専門知識を活かせる、集中して短時間で成果を出しやすいタスクを中心に目標設定を行い、本人のモチベーションとチームへの貢献意欲が高まりました。
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事例2:進捗が停滞している若手メンバーとの1on1 ある若手メンバーの担当タスクが進捗していませんでした。リーダーは問い詰めるのではなく、まずメンバーの様子を丁寧に観察し、「何か手詰まり感があるように見えるけれど、どうかした?」と優しく声をかけました。1on1では、メンバーが抱えている技術的な課題や、周囲に相談することへの遠慮があることを聞き出しました。リーダーは過去の類似経験を共有したり、相談しやすい他のメンバーを紹介したり、不明点を一緒に調べる時間を作ることを提案したりしました。メンバーは孤立感が解消され、課題解決に向けて自走し始めました。
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事例3:内向的なベテランメンバーからの意見引き出し 豊富な経験を持つものの、会議などで発言することが少ないベテランメンバーがいました。リーダーはチーム全体の目標設定の際に、会議の場で意見を求めるだけでなく、事前に資料を共有し、「〇〇さんのこれまでのご経験から見て、この目標について特に懸念される点はありますか?」「もしよろしければ、ミーティングの前にチャットなどで少し考えをお聞かせいただけますか?」のように、対話のチャンネルを複数用意しました。その結果、チャットを通じて貴重な洞察や懸念が共有され、目標設定の精度が向上しました。
まとめ
インクルーシブな目標設定と進捗確認の対話は、単なる業務管理の技術ではなく、多様なチームメンバー一人ひとりを尊重し、その主体性、創造性、貢献意欲を引き出すための重要なリーダーシップの実践です。メンバーの背景や価値観への理解に努め、傾聴、質問、共感、承認といった基本的な対話スキルを意識的に用いることで、メンバーは目標達成に向けてオーナーシップを持ち、チームへの貢献により大きな喜びを感じるようになります。これは結果として、チーム全体のパフォーマンス向上と、より強固でインクルーシブなチーム文化の醸成に繋がるでしょう。これらの対話術は、日々の実践の中で磨かれていくものです。ぜひ、今日から意識的に取り組んでみてください。