部下の本音と多様な声を聴くための、インクルーシブな傾聴スキル
多様性が増す現代のビジネス環境において、チームを率いるリーダーにとって、メンバー一人ひとりの声に耳を傾ける「傾聴」の重要性はかつてないほど高まっています。特に、異なるバックグラウンドや価値観を持つ人々が集まるチームでは、表面的な合意だけでなく、それぞれの内にある本音や多様な視点を理解することが、チームの健全な発展とイノベーションに不可欠となります。
しかし、日々の業務に追われる中で、意識的に「聴く」時間を確保し、さらに多様なメンバーから真の声を効果的に引き出すことは容易ではありません。部下からのフィードバックが形式的になってしまったり、一部の意見だけで議論が進んでしまったりといった課題に直面しているリーダーの方もいらっしゃるかもしれません。
本稿では、多様なチームにおける課題解決とインクルーシブな雰囲気作りに貢献する「インクルーシブな傾聴スキル」に焦点を当て、その目的、基本姿勢、そして明日から実践できる具体的なテクニックをご紹介します。
インクルーシブな傾聴とは何か? その目的
傾聴とは、単に相手の話を聞くことではなく、相手の言葉、感情、意図を深く理解しようとするコミュニケーションの姿勢を指します。そして「インクルーシブな傾聴」とは、その傾聴の姿勢を、チーム内の多様なメンバー、特に普段あまり発言しない人や、異なる意見を持っている人の声にも積極的に耳を傾け、受け入れようとすることに拡張したものです。
インクルーシブな傾聴の主な目的は以下の通りです。
- 心理的安全性の向上: 自分の意見や感情が受け入れられると感じることで、メンバーは安心して発言できるようになります。これは心理的安全性の高いチーム文化を醸成する上で極めて重要です。
- 多様な視点の収集: 特定の意見に偏らず、様々な角度からの視点やアイデアを引き出すことができます。これにより、より網羅的で質の高い意思決定や問題解決が可能になります。
- 信頼関係の構築: リーダーが真摯に耳を傾ける姿勢を示すことで、メンバーからの信頼を得やすくなります。信頼関係は、チームのエンゲージメントや協調性を高める基盤となります。
- 誤解の防止: 相手の意図を深く理解しようと努めることで、コミュニケーションにおける誤解やすれ違いを防ぐことができます。
- エンゲージメントと貢献意欲の向上: 自分の声がチームやリーダーに届いていると感じることで、メンバーはチームへの貢献意欲を高めます。
インクルーシブな傾聴の基本姿勢
インクルーシブな傾聴を実践するためには、いくつかの基本的な姿勢が求められます。
- 先入観や判断を保留する: 相手の話を評価したり、自分の意見や経験に基づいて判断したりする前に、まずはそのままを受け止めようとする姿勢が重要です。特に、異なる意見や自分にとって耳の痛い話である場合にこの姿勢が試されます。
- 共感の姿勢を示す: 相手の立場や感情を想像し、理解しようと努めます。「それは大変だったのですね」「〇〇と感じていらっしゃるのですね」といった共感を示す言葉を用いることが有効です。
- 非言語コミュニケーションの活用: アイコンタクト、うなずき、適切な体の向き、穏やかな表情など、言葉以外の情報も活用して「聴いている」ことを伝えます。
- 注意を集中する: スマートフォンを置く、パソコンの画面から目を離すなど、目の前の相手に意識を集中させます。物理的・心理的な雑念を取り除くことが、質の高い傾聴につながります。
実践的なインクルーシブ傾聴テクニック
基本姿勢に加え、具体的なテクニックを意識することで、傾聴の質をさらに高めることができます。
1. アクティブリスニング
アクティブリスニングは、相手に積極的に関わりながら聴く技法です。
- 相槌とうなずき: 「はい」「ええ」「なるほど」といった相槌やうなずきを適度に行い、相手に「聴いていますよ」というサインを送ります。ただし、過度な相槌は相手の話を遮ってしまう可能性があるため注意が必要です。
- 要約と繰り返し(バックトラッキング): 相手の話の要点をまとめたり、特に重要だと感じた部分を繰り返したりします。「つまり、〇〇ということですね」「今おっしゃった△△について、もう少し詳しく教えていただけますか」のように、自分の理解が合っているか確認したり、相手に自分が正しく理解しようとしている姿勢を示したりします。
- 感情への応答: 相手が話した内容だけでなく、そこに込められた感情にも言及します。「それは嬉しかったでしょうね」「少しご心配なのですね」といった言葉で、感情に寄り添う姿勢を示します。
- 沈黙を恐れない: 相手が考え込んでいるときや、次の言葉を探しているときには、無理に間を埋めようとせず、静かに待つことも重要です。沈黙は相手が内省したり、より深い考えを引き出したりする機会を与えます。
2. 効果的な質問
適切な質問は、相手からより多くの情報や本音を引き出すための鍵となります。
- オープンクエスチョン: 「はい/いいえ」では答えられない、「何」「なぜ」「どのように」「具体的に」といった疑問詞を使った質問は、相手に自由に語ってもらうことを促します。「この点について、あなたはどのように考えていますか」「その経験から、何を学びましたか」といった質問が有効です。
- 深掘りする質問: 相手の発言の背景や理由、具体的な状況についてさらに詳しく尋ねる質問です。「もう少し詳しく教えていただけますか」「それは具体的にどのような状況でしたか」などが該当します。
- 確認する質問: 自分の理解が正しいかを確認する質問です。「〇〇という理解で合っていますか」のように、相互の認識のズレを防ぎます。
- 多様な意見を促す質問: 会議などで特定の人の発言が多い場合などに、「他の皆さんはどうですか」「この点について、異なる視点をお持ちの方はいらっしゃいますか」といった質問をすることで、普段発言しにくい人にも機会を提供します。
3. 承認と言語化
相手の発言や、その背後にある感情、努力などを認め、言語化して伝えることで、相手は自分が価値ある存在だと感じ、さらに心を開いてくれる可能性が高まります。
- 「貴重なご意見、ありがとうございます」
- 「〇〇さんの、△△という点に対する洞察は素晴らしいですね」
- 「そのように感じていらっしゃるのですね。教えてくださりありがとうございます」
このように、相手の存在や発言そのものを承認し、それを言語化して伝えることで、信頼関係を深めることができます。
チーム内でインクルーシブな傾聴を実践する
これらのスキルは、様々な場面で応用できます。
- 1対1の対話(1on1など): 部下やメンバーとの定期的な1対1ミーティングは、彼らの本音やキャリアへの希望、業務上の課題などを深く理解する絶好の機会です。ここでは特に、アクティブリスニングとオープンクエスチョンが有効です。
- チームミーティング: ミーティングにおいては、特定の声に偏らず、全員が発言しやすい雰囲気を作ることが重要です。ファシリテーターとして、発言の機会を均等に配分したり、沈黙しがちなメンバーに優しく問いかけたり、「今お話しいただいた〇〇さんの意見を受けて、△△さんはどう思われますか」のように発話を促す質問をしたりすることが求められます。
- フィードバック面談: ポジティブなフィードバックだけでなく、改善を促すフィードバックを行う際にも、傾聴は非常に重要です。一方的に伝えるだけでなく、相手がどのように受け止めているか、どのような状況にあるのかを「聴く」ことで、より建設的な対話が可能になります。相手が話しやすい雰囲気を作り、彼らの視点や感情にも配慮しながら耳を傾けることが、納得感のある合意形成につながります。
- 異なるバックグラウンドへの配慮: 文化的背景やコミュニケーションスタイルの違いにより、直接的な表現を好まない人、感情をあまり表に出さない人などもいます。そうした違いを理解し、相手にとって話しやすいペースや表現方法を尊重しながら傾聴することが、真にインクルーシブな傾聴となります。
まとめ
インクルーシブな傾聴は、単なるコミュニケーションスキルではなく、多様なチームメンバーへの深いリスペクトと、彼らの持つ可能性を最大限に引き出そうとするリーダーシップの姿勢そのものです。特別なフレームワークや難しい理論に囚われる必要はありません。まずは目の前の相手に意識を向け、先入観なく耳を傾け、理解しようと努めること。そして、今回ご紹介したアクティブリスニングや効果的な質問といった具体的なテクニックを意識的に実践することから始めてみてください。
これらのスキルを継続的に磨き、チーム全体で「聴き合う」文化を醸成していくことで、メンバーは安心して本音を語り、多様なアイデアを共有できるようになります。それは結果として、チームのパフォーマンス向上、イノベーションの促進、そして何よりも、お互いを認め合い尊重し合える、真にインクルーシブなチーム環境の実現につながっていくでしょう。